東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)2号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一、二、五を総合すれば、本願第二発明は、既知の、内壁と外壁が仕切によつて相互に結合されていて、それにより周縁に沿つて間隔を置いた複数個の長手方向チヤンネルを形成し、かつそのチヤンネルが丸味をおびた断面を有する熱可塑性材料のプラスチツクチユーブ(以下「本願第二発明の対象とするチユーブ」という。)の製造方法に関するものであつて、このような既知のチユーブは、鋭い工具がチユーブの前面に当たつた場合引裂きが生じ、これがチユーブの全長にわたつて進行してチユーブを駄目にするという欠点があり、その原因は、最初に押し出されたプラスチツクの外側が冷却され、その後の段階では外壁と相互に結合されている内壁が冷却によつて収縮するため、圧力緊張が外壁に起こつてチユーブの内壁に引張り応力を生じることによる(本願発明の出願公告公報の発明の詳細な説明第三欄第三二行ないし第四二行)との知見に基づき、前記の欠点を伴わないチユーブの提供を目的とし、この目的を達成するため、押出成形の際に冷却をチユーブ全体にわたり均一に行い、チユーブを軸方向に切断後に切断端を除いた端部の重なりがチユーブの全外周縁の約二・五%以下になるような壁中応力の存在するチユーブ(同第三欄第四三行ないし第四欄第六行、昭和五七年九月一〇日付手続補正書第二頁第三行ないし第五行)を製造する方法をその要旨として採択したものであつて、この方法により、このチユーブの前面側に鋭い工具が当たつたときチユーブの内面に亀裂が生じ軸方向に引裂きが生じるとの欠点を解消するという作用効果を奏する(同公報第四欄第一八行、第一九行)ものであることが認められる。
一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載のものは、本願第二発明の対象とするチユーブを押出成形の方法により製造するのに用いる押出口金に関するものであることが認められる。
2 審決は、本願第二発明と第一引用例記載のものとを対比し、両者は、本願第二発明の対象とするチユーブを形成し、冷却引取りを行う点で同一であり、第一引用例には、本願第二発明の、右チユーブを形成し、このチユーブの寸法を調整し、冷却を均一に行うことにより、そのチユーブ中に存在する壁中応力がそのチユーブを軸方向切断した場合に、切断端を除いた端部の重なりがチユーブの全外周縁の約二・五%以下となる大きさであるような熱可塑性チユーブを製造する点についての記載はなく、単に冷却引取り等はすべて通常の合成樹脂管の製造法と相違するところはない旨示されているにすぎない点で相違するとしたが、原告は、審決が右相違点について判断するに当たり、第二引用例記載の技術内容の解釈を誤つた旨主張するので、第二引用例記載の技術内容について検討する。
成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例は、杉本儀次、森信行「引取技術の品質に及ぼす影響」と題
する技術論文を内容とするものであつて、「はじめに」の項に、(イ)「良品質の押出成形品を得るためには、<1>内部ヒズミの除去、<2>引取機、<3>定尺切断、を正確にコントロールする必要がある。このうち品質に最も大きな影響を及ぼすものは、内部ヒズミである。工程中での内部ヒズミの発生を少なく押え、かつ発生した内部ヒズミをどのようにして除去するか、つまり冷却方法、アト処理方法の検討が必要である。」(第七八頁左欄第一〇行ないし第一七行)と記載されていることが認められる。
右(イ)の記載によれば、第二引用例には、良品質の押出成形品を得る上で、品質に最も大きな影響を及ぼすものは内部ヒズミであり、工程中での内部ヒズミの発生を少なく抑え、かつ発生した内部ヒズミをどのように除去するかが重要であるが、この内部ヒズミの発生の抑制及び除去は冷却方法、アト処理方法に依存するので、冷却方法、アト処理方法を検討して、完成した押出成形品に内部ヒズミが残留しないようにする必要があることが開示されているというべきである。
また、前掲甲第四号証によれば、第二引用例には、その「1、2 内部ヒズミ」の項に、(ロ)「押出成形の場合には、押出機やダイ中において生じた内部応力は、多くの場合、Barus効果などにより大部分が緩和され、この種の原因による残留応力は比較的小さい。従つて、冷却過程において内部ヒズミの発生が起こるものと考えられる。押出成形の場合、この種の残留ヒズミの一つは延伸によるものであり、他の一つは冷却ヒズミである。」(第七八頁右欄第二行ないし第九行)、(ハ)「後者の冷却ヒズミは、特に肉厚物の製造時において顕著に現われる。DOMINGHAUSらは、パイプ製造における外径サイジング方式と内径サイジング方式とが、製品パイプの円周応力に及ぼす影響を図1のように解説している。ダイを出て最初に冷却された部分は圧縮応力を、後で冷却された部分は引張り応力を受ける。従つて外径サイジング方式では、内側引張り、内径サイジング方式ではこの逆のパイプができる。パイプ内に内圧を加えた場合の応力分布は同図右端に示したようになり、外部冷却方式では、内側に著しい引張り応力が生ずる。従つて、内圧用のパイプには内径サイジング方式が好ましい。」(第七八頁右欄第一七行ないし第七九頁左欄第六行)と記載されていることが認められる。
右(ロ)の記載によれば、第二引用例は、押出成形において内部ヒズミは冷却過程で発生し、内部ヒズミの一例である残留ヒズミには、延伸によるヒズミと冷却に基づくヒズミがあることを開示し、右(ハ)の記載によれば、第二引用例は、パイプの製造における冷却に基づくヒズミに関し、外側を最初に冷却し内側を後で冷却する外径サイジング方式では内側に引張り応力、外側に圧縮応力のあるパイプができ、一方内側を最初に冷却し外側を後で冷却する内径サイジング方式では外側に引張り応力、内側に圧縮応力のあるパイプができることを開示しており、右の開示事項は、パイプの押出成形では、ダイから出た成形物の外側を先に冷却するか、内側を先に冷却するか、すなわち、外側と内側との冷却の時期によつて全く逆の内部ヒズミが生じることが明らかである以上、当業者であれば、第二引用例の右開示事項からこの内部ヒズミの発生を少なくするには外側と内側とを同時に、すなわち均一に冷却すればよいことは容易に理解し得ることである。
このように、第二引用例には、良品質の押出成形品を得るには、冷却方法を検討して内部ヒズミが残留しないようにする必要があり、パイプ(管)を押出成形するに当たり、外側と内側とを均一に冷却すると内部ヒズミの発生が少なくなることが容易に理解し得る程度に開示されているのであるから、審決が第二引用例の記載から、「押出成形により熱可塑性合成樹脂管を製造するに際し、管の冷却を均一に行うことの必要性は十分理解し得るところである。」とした認定には、誤りはないというべきである。
この点について、原告は、第二引用例の記載からは、内部ヒズミ、特に冷却ヒズミのパイプの場合における発生原因がどうであるかということや不均一な冷却ヒズミはストレスクラツキングの発生に関係があり、ストレスクラツキングは成形材料の選択によりかなり防止できることが理解できるのみであつて、右記載は、管の冷却工程の条件を検討すべきことを示唆しているとしても、冷却を均一に行う必要性は教えていない旨主張する。
しかしながら、前掲甲第四号証によれば、第二引用例は、前記(イ)の記載により、押出成形品の品質に最も大きな影響を及ぼすものは内部ヒズミであり、工程中での内部ヒズミの発生を少なく抑え、かつ発生した内部ヒズミをどのようにして除去するかが重要であることを明らかにした上、前記「1、2 内部ヒズミ」の項中で、(ニ)「製品中に残された残留ヒズミは、それが人為的に与えられた、平均した秩序あるヒズミでない場合は、往々にして製品の物性を悪くする。特に注意しなければならないのは、ストレスクラツキング現象である。ストレスクラツキングは、製品が溶剤、溶剤蒸気、その他の悪環境下におかれたとき発生するヒビワレの現象であり、特に残留応力が大きい製品についてはその発生が顕著である。従つて、製造中、残留応力が製品に発生しないよう充分の配慮をすることが必要である。ストレスクラツキングの現象は適当な成形材料の選択により、かなり防止することができる。」(第七九頁左欄第七行ないし第一九行)と記載されていることが認められる。
右(ニ)の記載によれば、第二引用例は、製品(押出成形品)中に残された残留ヒズミが、人為的に与えられた平均した秩序あるヒズミでない場合には、往々にして製品の物性を悪くするものであり、そのうち特に注意しなければならないストレスクラツキングの防止には、製造中に残留応力を発生しないようにする必要があるが、ストレスクラツキングの発生は成形材料にも関連があり、同じ強さの残留応力が存在していても成形材料の選択によりその発生がかなり防止できることを示していると認められる。
したがつて、第二引用例の前記(ニ)の記載は、内部ヒズミの一種である残留ヒズミは、秩序ある残留ヒズミでない限り、往々にして製品の物性を悪くするとし、その一例としてストレスクラツキングの発生と防止について説明したものであつて、この記載中にストレスクラツキングは成形材料の選択によりかなり防止できる旨の記載があるからといつて、当業者が前記(イ)ないし(ハ)の記載に基づき、内部ヒズミの発生を少なくするためには、均一に冷却すればよいことを理解する妨げとなるものではないから、原告の前記主張は理由がない。
また、原告は、第二引用例は、冷却ヒズミのあり方は問題ではあるが、用途いかんによつては冷却ヒズミの存在は有効であることさえ示唆しており、内部ヒズミは除去しなければならないものであることは示唆していないから、第二引用例の記載から、押出成形により押し出された熱可塑性材料チユーブの内部ヒズミをできるだけ小さくすべきことは容易に考えられたものとした審決の認定は誤りである旨主張する。
前記認定の第二引用例の(ハ)の記載中には「内圧用のパイプには内径サイジング方式が好ましい。」との記載が存する。しかしながら、第二引用例は、前記(イ)の記載により、良品質の押出成形品を得るには、完成した押出成形品に冷却による内部ヒズミを残留しないようにする必要があることを開示しており、(ハ)中の右記載は、押出成形の冷却過程における内部ヒズミの発生について、パイプ製造の場合を例にあげて、その外径サイジング方式と内径サイジング方式との内部応力発生の相違を説明し、外径サイジング方式では内側に著しい引張り応力が生じるので内圧用パイプの製造には好ましくなく、これに反し内径サイジング方式では内側に圧縮応力が生じるので、内圧用パイプの製造には内径サイジング方式が好ましいことを述べているにすぎないのであつて、この記載によつて第二引用例はその用途いかんによつて冷却ヒズミの存在が有効であることを示唆しているとはいえず、仮に右の示唆があるとしてもこの記載は、第二引用例に内部ヒズミを除去しなければならないことが記載されていることを理解する妨げとなるものではない。
以上の認定事実によれば、当業者は、第二引用例の前記(イ)ないし(ハ)の記載から、押出成形により熱可塑性合成樹脂管を製造するに際し、管の冷却を均一に行うことの必要性は十分理解し得るところであり、第一引用例に示された管の製法において、押し出された管を均一に冷却することにより、内部ヒズミをできるだけ小さくすることは、第二引用例の記載から当業者が容易になし得たところというべきであるから、第二引用例記載の技術内容についての審決の認定には誤りはないというべきである。
3 本願第二発明は、その対象とするチユーブにおいて、そのチユーブの前面側に鋭い工具が当たつたときチユーブの内面に亀裂が生じ軸方向に引裂きが生じるとの欠点を解消するという作用効果を奏するものであることは、前記1認定のとおりである。
原告は、本願第二発明の奏する作用効果は、第二引用例の残留ヒズミの除去に関する記載からは予想することのできないものであり、審決は、本願第二発明の奏する作用効果を看過した旨主張する。
ところで、本願明細書には、本願第二発明の対象とするチユーブにおいて生じる引裂きは、最初に押し出されたプラスチツクの外側が冷却され、その後の段階では外壁と相互に結合されている内壁が冷却によつて収縮するため、圧力緊張が外壁に起つてチユーブの内壁に引張り応力が生じることによるものと記載されていることは前記1認定のとおりであり、この押出成形の冷却時にチユーブの内壁に生じる引張り応力により残留ヒズミが発生することは第二引用例の前記2認定の記載から明らかである。
そして、第二引用例には、前記2認定のとおり、良品質の押出成形品を得るには、内部ヒズミの発生を抑え、発生した内部ヒズミを除去し、残留ヒズミを成形品中に残さないようにする必要があること、特に注意しなければならないストレスクラツキング現象(ヒビ割れ現象)は、特に残留応力が大きい製品についてその発生が顕著であるから、製造中に残留応力が製品に発生しないように配慮する必要があることが開示されており、また、前記(ニ)中には、「ストレスクラツキングは、製品が溶剤、溶剤蒸気、その他の悪影響下におかれたとき発生するヒビワレの現象であり」と記載されており、ここでは専ら製品が溶剤、溶剤蒸気、その他の悪影響下に置かれたとき発生するストレスクラツキングについて述べられているが、この記載は、より一般的に、製品中に残留応力特に引張り応力が存在すると、その部分に亀裂が生じやすい状態になり、そのためにストレスクラツキングが発生しやすいことを示しているものと解され、当業者であれば、このような引張り応力が存在し、亀裂が生じやすい状態になつている部分は、溶剤や溶剤蒸気にさらされたときに限らず、何らかの作用、例えば鋭い工具などにより傷つけられた場合にも亀裂を生じることは容易に理解し得るところである。
したがつて、第二引用例には、製品中に残留応力を残さなくすることにより、本願第二発明が技術的課題とした工具などの当接によるチユーブ引裂きを防止することができることが示唆されているというべきである。
もつとも、本願第二発明の対象とするチユーブとチユーブの壁が密実である普通のチユーブとでは引裂き状態が相違することは当事者間に争いがないが、第二引用例の前記(ハ)には、「冷却ヒズミは、特に肉厚物の製造時において顕著に現われる。」と記載されており、この記載は肉厚物の製造に当たつては冷却時に温度差が生じ冷却ヒズミが顕著に現れることを意味するものと解されるところ、本願第二発明の対象とするチユーブは、内壁と外壁との間に複数個のチヤンネルが存在する肉厚物であつて、冷却時に内壁と外壁との間に温度差が生じやすいものであり(右温度差の点は当事者間に争いがない。)、したがつて、冷却ヒズミが顕著に生じやすく、残留ヒズミが残りやすい製品であることは明らかであるから、当業者であれば第二引用例が前記認定の事項において教示するところは、本願第二発明の対象とするチユーブにも適合することは容易に理解することができるというべく、本願第二発明の奏する前記作用効果は第二引用例に開示された事項から予測し得る効果にすぎない。
4 以上のとおりであつて、本願第二発明は第一引用例及び第二引用例に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法の点はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 特許請求の範囲1)
内壁と外壁とが仕切りによつて相互に結合されていてそれにより周縁に沿つて間隔をおいた複数個の長手方向チヤンネルを形成しかつそのチヤンネルが丸味をおびた断面を有するプラスチツクチユーブであつて、しかもそのプラスチツクチユーブに存在する壁中応力がそのチユーブを軸方向切断した場合に切断端を除いた端部の重なりがチユーブの全外周縁の約二・五%以下となる大きさであることを特徴とする、熱可塑性材料のチユーブ(以下「本願第一発明」という。)
2 特許請求の範囲5)
プラスチツク材料を押出して内壁と外壁とが仕切りによつて相互に結合されていてそれにより周縁に沿つて間隔をおいた複数個の長手方向チヤンネルを形成しかつそのチヤンネルが丸味をおびた断面を有する熱可塑性材料のチユーブを形成し、このチユーブの寸法を調整しそしてこのチユーブを冷却することよりなり、而して前記チユーブの冷却の際にそのチユーブを均一に冷却することを特徴とする、そのチユーブ中に存在する壁中応力がそのチユーブを軸方向切断した場合に切断端を除いた端部の重なりがチユーブの全外周縁の約二・五%以下となる大きさであるような熱可塑性材料チユーブを製造する方法(以下「本願第二発明」という。)
3 特許請求の範囲6)
プラスチツク材料を慣用の押出し成形法によつて押出して形成された内壁と外壁とが仕切りによつて相互に結合されていてそれにより周縁に沿つて間隔をおいた複数個の長手方向チヤンネルを形成しかつそのチヤンネルが丸味をおびた断面を有ししかも実質的に壁中応力を有するチユーブを三五度C~一〇〇度Cの範囲の温度まで再加熱して壁中応力を低減することを特徴とする、そのチユーブ中に存在する壁中応力がそのチユーブを軸方向切断した場合に切断端を除いた端部の重なりがチユーブの全外周縁の約二・五%以下となる大きさであるような熱可塑性材料チユーブを製造する方法(以下「本願第三発明」という。)
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
(以下省略)